切れるハサミは楽しいし、美しい仕事もできる。そんな手助けが僕の仕事です。京都はさみ職人 オオタトシカズ

京都はさみ職人のレポート

ヴィダル・サスーンさんを追悼する

2012.05.09 美容界の巨匠ヴィダル・サスーンさんが亡くなられました。

サスーンさんは、世界の美容界に大きな影響を与えたひとでした。

そして、日本にも大きな影響を与えて、
ハサミにも大きな影響を与えた人だったんです。

はさみ職人の立場から、その影響について振り返って考えてみたいと思います。

マスコミ情報から

ロサンゼルス(CNN)

世界的に有名なヘアスタイリスト、ヴィダル・サスーン氏が9日午前、米ロサンゼルスの自宅で死去した。84歳だった。ロサンゼルス警察によると、「自然死」だったとみられる。

警察によれば、同日午前10時半ごろに通報があり、サスーン氏の自宅に駆け付けた。自宅には家族が一緒にいたという。

サ スーン氏は英国出身。幼少期の数年間をロンドンの児童養護施設で過ごした。地元の床屋で見習いとなったことをきっかけに頭角を現し、1960年代に生み出 した「ボブ」「ファイブポイント」は女性のヘアスタイルに革命を起こした。斬新なスタイルの考案とともに、ヘアケア用品と美容室のチェーン展開でも成功を 収めている。

2009年には美容業界への貢献が評価され、英エリザベス女王から大英勲章を授与された。

日刊スポーツ

世界的に活躍したヘアスタイリスト、ヴィダル・サスーン氏が9日、米ロサンゼルスの自宅で死去した。84歳だった。米メディアによると、地元警察は「自然死」としている。白血病を患っていたとの報道もある。

ロンドンでユダヤ系の貧しい家庭に生まれ、1948年に第1次中東戦争にイスラエル兵として参加した後、54年にロンドンで美容院を開業。

60年代、客の髪の生え方や骨格に合わせたカットで、ドライヤーやスプレーを使った面倒な手入れを必要としない自然なヘアスタイルを次々と発表。当時としては革新的だったが、女性の社会進出が進みつつあったことも背景に大流行を生み、美容界に影響を与えた。

70年代に拠点をロサンゼルスに移して活動。氏名を冠したシャンプーなどの美容製品や理容器具が世界各国で販売されているほか、各地に美容学校がある。

80年代にビジネスの一線から退き、災害の被災者支援やユダヤ人差別への反対運動に取り組んだ。2010年には半生が米国で映画化された。(共同)

はさみ職人から

僕は、理美容界のハサミの歴史を振り返ったとき、サスーンの影響は計り知れないものがあると考えています。

日本では、サスーンの前と後では、かなり違うと思います。

 

サスーン前

江戸時代が終わって大きく変化しました。

ちょんまげ禁止令がでたからです。

1871年(明治4年)のことでした。

ちなみに歯を黒くする、お歯黒禁止もこの頃です。

そして、 明治10年 刀鍛冶によって初めて、理容鋏をつくられました。

えー。じゃ。チョンマゲは、どうやってカットしたんだ?

たぶん。

 ←これか

←細かい仕事は、これか?

田舎では、

これでカットした人もいたかもしれません。

それが、だんだんと西洋の文化が入ってきました。

理容の方では、ハサミが使われていましたが、美容業界では、かみそりが使われていました。

レザーカットです。

サスーン登場

黒船来襲でした。

1954年26歳で自分のお店をopen。

1963年、当時としては独創的なボブカットを世に出し、 そして、スーパー美容師として世界を股にかける。

1970年、日本にキターーー!!! 美容界の黒船来襲ですっ!!!

ハサミ業界も大きく影響をうけました。

サスーンは、講習会で 、

「このカットには、このハサミ」

「このカットには、このハサミ」

「このカットには、このハサミ」

と言い続けたそうです。

しつこいほど。 
(講習会に参加された方々の証言です。)

それが、4.5インチメガネ。
最近は4.5インチはほとんど見かけないです。

ちなみに5インチのハサミはこちら。(サインペンと同じくらいですね)

それまでの美容界で、レザーカットが主流だったのが、 サッスーンさんによって、

シィィィィ ザース

と、かわったんです。

ちなみに、このころ。

かみそり ⇒⇒⇒ シィザースという 、新しい技術の導入ということで、

カット料金が毎年値上がったそうです。

毎年!ですよ。

インフレ!!!!!です。今と違って、すごいですね。

この辺のはなしは、

1970年当時20歳くらいの美容師だったら、よーくご存知でしょうね。

理容業界

理容のほうでは、

あんまり変化がなさそうです。

が。

サスーンさんによって美容界にはさみが持ち込まれました。

(フランスのセルジュ・シモン、イタリアのアイ・フィリッポといった方も日本でハサミのこう入会などされたようですが・・・)

(当時)
  床屋さん=ハサミ
  パーマ屋さん=かみそり

美容師さんがハサミをつかうようになってしまったんです。

その後
理容室=ハサミ=美容室

近所のおばちゃんから見れば、

同じハサミをつかうのなら、理容も美容も一緒だったんです。

僕みたいな、鼻水をたらした、高校生からみても一緒だったんです。

床屋さんに行ったら、ちょっと頑固そうなオヤジだったんです。

美容室に行ったら、きれいなオネエちゃんがいたんです!

美容のユニセックス化です。

つまり、サスーンさんが来て、男性客が美容室に行くきっかけになったんです。

ということで。

そのご

日本では、カリスマ美容師さんが出てきたりしました。

また、世界一となる優秀な理容師さんもいらっしゃいます。

カットも、まっすぐなものだけでなく、

 エアリー感とか・・・・

 毛先を遊ばせるとか・・・

もう、おっちゃんにはわかんねぇ・・・いろんな言葉ができてます。

そのために、

いろんなカット率のセニングとか

スライド用のハサミとか・・・

カット技術に合せて、はさみもどんどん進化して来てます。

そうか・・

もし、サスーンが日本に来なかったら・・・

まだ、カミソリ使っていたのかもしれない・・・

ということは、

もしかしたら、僕は

はさみ職人ではなく、カミソリ職人???

なーーーんてことを考えました (#^.^#)

ヴィダル・サスーンさま、どうもありがとうございました。感謝。
安らかにお休みくださいませ。

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